読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

りぷろぐ

せつな系創作団体「Repro」のBlogです!

僕達はどうして物語を書くのだろう~『小説の神様』を読んで~by淡夏

 どうも淡夏です。

 まさかの半年ぶりの更新です。

 この半年間、個人的には色んなことがあって環境が変わったので、また心機一転頑張りたいなと思う次第であります。

 

 ちなみにこの間reproとしての活動もきちんと出来てはいなかったのですが、9月18日㈰に開かれる文フリ大阪には参加する予定です。

詳しいことはまた追々告知していきたいと思います。

 

 さて、久々のブログということで、今回、私が紹介したいのはこちら。

 相沢沙呼『小説の神様』です。

 極力ネタバレは避けているつもりですが、見過ごしたものがあればすみません。

 それでは、感想は以下。

 

 まず、この物語はとても稚拙だと思う。

 主人公は自分に自信がなく、ヒロインは心に傷を負っていて、親友は優秀なのに主人公に好意をもっている。加えて、妹は病気で入院中と、ほんと「これ何てエロゲ?」(いや、今は「これ何てラノベ?」か)という設定が目白押しでテンプレ感が強い。

 加えて物語の展開も、挫折していた主人公がヒロインのおかげで立ち直りかけるも再び心がくじけるようなことが起きて、その苦しみの中でヒロインの傷心に気付き、自分や彼女を救うために立ち上がるという、どこかで聞いた流れになっている。

 このような物語は市場に溢れており、わざわざこの本を手にとる必要はないだろう。

 以上のことから、この小説をお勧めするのは暇人か、余程酔狂な人か、それとも……。

 

 小説を、創作を、表現を、愛して、愛してやまない人だけ。

 

 それ程まで、この小説には創作、表現といった行為に対して真摯な気持ちが、真っ直ぐに綴られている。

 それも、曲がりなりにも創作している人間が、嫉妬に駆られて上記のような悪評を書きたくなるくらいに。

 正直、頁を繰る手が止まらないという感覚を味わったのは久しぶりだった。

 物語がどういう展開を迎えるか、ヒロインが主人公にどういう想いを抱いているのか。そういったことは全て、手にとるように分かるにも関わらず、だ。

 ただ、嫉妬で書いたとは言っても、冒頭で書いたことを間違いだとは思わない。

 本当に物語展開は王道も王道過ぎて、キャラ小説のテンプレを使用しただけではないかとすら思えてくる程だ。

 それなのに、どうしてこの小説に、自分は心を惹きつけられたのだろうか。

 それは、この本に書かれている言葉が、小説というものに対する愛や希望で編まれたものだから、だ。

 

 物語の内容は以下の通りだ。

 

 物語の主人公、千谷一也は売れない小説家だ。

 中学二年生の頃にデビューした彼は、しかしネットでの悪評や、同じく売れない小説家であった父親の借金のために小説の力を信じられなくなっていた。

 ただでさえ苦しい生活に、妹の病気の治療等の家庭事情も絡み、小説家を続けることを諦めようとしていた。

 だがある日、担当の編集者から、一也と同じ年齢の人気作家、不動詩凪との合作を持ちかけられる。

 不動の考えた物語を、文章を書くのが巧い一也が執筆してみてはどうか、という話だ。

 実は不動詩凪の正体は、一也のクラスに転校してきた小余綾詩凪という美少女であり、一也にとっては、その話を提案される前に「小説に力があるか否か」ということで口論をしたばかりの相手だった。

 そのような経緯もあり、加えて“売れている作家”である小余綾に対する妬みから合作について乗り気ではなかった一也だが、売れる為にと執筆を続けることになる。

 だがその中で一也は、物語を愛し、その力を信じる小余綾に感化され、次第に物語を紡ぐ楽しさを思い出すようになるのだが……

 

 上記の通り、登場人物の多くは“小説を書き続けることの苦しみ”を味わった者達ばかりだ。

 そのため、作家志望の人間には馴染み深いある問い掛けが、何度も何度も現れ彼らの心を揺さぶっていく。

 

“何のために小説を書くのか”

 

 創作は、表現という行為は、好きで始めたはずなのに、ともすれば投げ出したくなるくらいの苦痛を伴うことが多い。

 それは物語の続きを書けないというもどかしさだったり、他人の厳しい評価に対する恐怖だったり、そもそも評価すらもらえないという絶望からくるものだったりする。

 好きで始めたものなら、止めてしまうのも自由なはずだ。

 そもそも小説なんて、書き続けたところで真っ当な仕事に出来るのはほんの一掴みの人間だけであり、趣味以上のものを求めると人生を破綻させてしまうことすらある。

 小説に人生を預けるのは、本当に愚かなことなのだ。

 それでもなお、創作や表現といったことを止められないのは何故か。

 気になった方は、是非本書を手にとってみて欲しい。

 恐らく、ここで提示される答えは、多くの作家(志望者も含む)が既に見つけているものだろう。

 ただ、それを信じ抜くのはとても難しいことだと思う。

 何故なら、結局は綺麗事であり、その信念は現実を前に折れてしまうことの方が多いのだ。

 それでも、だ。

 それでもその答えを信じられたのなら、きっと、自分達のやっている創作にも意味が産まれる。

 きっと今は、その想いを胸に書き続けるしかないのだろう。

 

 

小説の神様 (講談社タイガ)

小説の神様 (講談社タイガ)