『億男』でお金と幸せについて考えた
一つ前の記事で「明けましておめでとうございます」なんて言ってますが
今やもう、今年もあと2ヶ月といったところ。
長らく更新ができておりませんでした。
社会人は忙しい。でも忙しさを言い訳にしたら、出来ることすら出来なくなっていく。
小説の形式にこだわらず、ブログでもTwitterでも感じたことを発信し続けることが
表現が老けない秘訣なのかもしれません。
さて、『億男』という小説を読みました。
弟の借金の肩代わりをしたことで、妻とは別居し家族がバラバラになってしまった一男は、借金返済のために昼は図書館司書、夜はパン工場で掛け持ちで働いている。ある日、一男は3億円の宝くじが当選し億万長者となり、借金返済に夢膨らますが、ネットを覗くと大金を手にした人の悲劇ばかりが目につく。不安に駆られた一男は、大富豪となった学生時代の友人、九十九のもとを訪ねる。15年ぶりの親友との再会に一男はすっかり酒に酔ってしまう。しかし、酔いつぶれた一男が目を覚ますと九十九は3億円とともに姿を消していた。一男は九十九の行方を追いながら、大金をめぐり家族や友情のあり方を探していく。
あらすじはwikipediaより。
現在、映画も公開されています。
主人公は佐藤健と高次一生。映画の方も見に行ってきました。
小説でも映画でも共通して問われるのは、
「お金と幸せの答えとは?」ということ。
縦76ミリ・横160ミリ・重さ1グラム。
これは1万円札のサイズですが、こんな紙を貰って我々は生きています。
この紙が増えたり減ったりするだけで我々は一喜一憂し、
ときには人生を狂わせてしまうことだってあるのです。
「お金では買えないものもある」「お金で買えないものの方が大切」
口で言うのは簡単です。
でも、それって本当でしょうか?
少なくともは、お金の本当の力を知らずに今まで生きてきたと思います。
このような言葉は一見もっともらしく聞こえますが、
実はお金について、ほとんどの人がその力を芯から理解していないのではないでしょうか?
『億男』になった主人公の一男は、親友だった九十九に三億円を持ち逃げされ、
九十九の行方を追います。
その中で九十九と関係のあった人たちと出会い、お金についてのそれぞれの考えに触れていきます。
「お金と幸せの答えとは?」
その答えについて『億男』でははっきりとした回答を文字にすることはありませんでした。
人によってはその部分を物足りなく思う人もいるかもしれません。
でも、主人公の一男は多くの出会いの中で自分なりに答えを出し、
前へ進んでいきます。
「それで一男くん。お金と幸せの答えは見つかったかい?」
「まだ分からない。でも君は、たどり着いたんだろ?」
「そうだとも、そうでないとも言える。お金と幸せの答えは、すぐに形を変えていく。
それを決めるのは、僕らなんだ。だからこそ僕は、もし人を疑うか、信じるかのY字路があったとしたら、信じる道を行こうとふたたび思えるようになった」
これは一男と九十九のやり取りですが、
九十九の言うように答えはすぐに形を変えていくもの。
それでも考え続け、答えを探し続けることが重要で、
「お金なんて」と思っているうちは決して答えには至れない。
もっとお金のことを考えよう。そしてもっとお金のことを愛せ。
そんなことを思いました。
小説としても映画としても面白かったです。
「理不尽な理由で何かが行方不明になり、それを探す旅に出る」みたいな構造が
すごく好きで(初期の村上春樹作品ってそんな感じ)、
今回の内容はその意味で好みそのもの。
あと映画では九十九の知り合いとして、藤原竜也が怪しげなお金のセミナー代表役で登場するのですが、さすがの演技でした。
諭吉握りしめてる画があんなに似合う役者っていないと思う。(ふりう)