『ハーモニー』 : 病気の無い世界は実現するのか
こんばんは、最近、新社会人になったばかりの綾町です。
かなり前から、批評を何について書こうかな、と色々悩んでいたのですが、
昨日、久し振りに研究室に顔を出してみて、やっぱり生化学や細胞生物学的なものが好きで、
そういう視点から書いてみたいと実感しました。
ということで、SF小説の傑作である[ハーモニー]の世界観、特に[WatchMe]の実現性について、生物学の視点で批評していきます。
WatchMe:
[生府に普及している恒常的体内監視システム、またはその役割を担うナノマシンの通称]
を体内に入れ、それにより病気がなくなった世界。
この世界では人々の身体は社会にとってのresource、つまり共有財産として扱われていて、
例え自分の身体であってもそれを傷付けるような行為は悪とされた。
要するに不健康であることが許されず、肥満やタバコ、酒も禁止、という健康第一な世界。
こんな世界である日、集団的な自殺が起こって……
というのが、[ハーモニー]のあらすじ。
で、この世界観で大きな役割を果たしているのが、[WatchMe]です。
このWatchMeは血中を漂っていて
1.身体の健康状態を調べ、恒常性:[同じ状態でいること]を保つ
2.病気に対応した医療分子(メディモル)を生成する
という機能をもっています。
1については、血中のRNA転写エラーレベルと免疫的疫一貫性について監視を行って、
異常がある場合除去するという機構。
まず、RNA転写エラーレベルという部分は少し間違っているんじゃないかなと思います。
生物はDNA→RNA→タンパク質と変換することで、身体をつくっているんですが、
このRNA転写エラーっていうのはDNAからRNAに変換する部分でエラーが起きているという意味です。
けれど、基本的にこういうエラーを防ぐ仕組みが身体には元々ありますので、
おそらく作者としては放射能に汚染された世界が舞台ということで、
放射能によるDNA損傷によって遺伝子変異が起こり、
その変異が入ったDNAを鋳型にすることによって間違ったRNAが出来てしまう、それを血中で調べ、
間違っている時は除去するということを示したかったのではないか?と推測されます。
けど、そもそもRNAは血中にないです。細胞の中でRNAはタンパク質に変換されるんで……。
血中だとRNAなんてすぐ分解されちゃいます……
なので、これをやりたければ、WatchMeを細胞全部に入れなくちゃいけない……37兆個とかこれなんて無理ゲーですね……。
免疫的疫一貫性というのは、過剰な免疫反応が起きていないか調べている、と言う意味ですかね。
これはリューマチとかそれこそ花粉症なんかも過剰免疫によって起きているので、これらを防ぐという意味だと思います。
これはまだ出来る気がしますね。免疫反応の中核である抗体は血中を漂ってるんで。
ということで、除去って部分を除けば、検査自体は十分可能になるんじゃないかなと思います。
血液を調べて、ガンを特定するということは既に研究されていますし(なんと何ガンかまで分かる!)、
将来的には一滴の血液から様々な病気を特定するのも可能じゃないかな、と思います。
確か、島津製作所とか機械系の会社がそういうものに取り組んでいるという話を聞いたことがあります。
ただ異常があれば除去するってことに関しては現在は難しいかもしれないです。
特に遺伝子変異についての対策は難しいと思います。
2については、医療分子というかタンパク質ですかね?
タンパク質なら体内に材料があるんで、大丈夫だと思いますが、
それこそ低分子化合物とかは材料の調達がしんどいよなー、というイメージです。
まあ、バイオ医薬(抗体とかRNA,DNAなど)が今、注目されてますし、
そういうものなら体内でも作れると思います。
それこそホルモンとかは作れそうなんで、更年期障害とかも安心じゃないかな。
ハゲもなくなる!
なので、こちらについては部分的に可能だと思います。
ということで、結論として将来的にこういうことは結構あり得るんじゃないかな、というのが私の意見です。
他にも血液脳関門のところとか、基本的には作者の方はすごく勉強して書いておられると感じました。
SFは特に専門知識が必要で、取材とかが大変ですが、伊藤計劃は生物系を研究していた私から見ても、
十分すぎるほど取材を重ねて書いていることが感じられました。
私もこれだけ調べて、書き上げねば!と思います。書かねば!